名古屋地方裁判所 昭和39年(ワ)2950号 判決 1971年4月27日
原告
佐治義臣
外二名
代理人
原瓊城
被告
奥村稔次
被告
共済証券株式会社
右両名代理人
大道寺和雄
永井正恒
主文
被告らは原告らに対し別紙第二目録記載の建物を収去し、同第三目録記載の土地中のその敷地部分を明渡せ。
被告奥村稔次は原告らに対し、別紙第四目録記載の建物を収去し、同第三目録記載の土地中その敷地部分を明渡せ。
被告共済証券株式会社は被告奥村稔次が別紙第三目録の建物を収去するに際し右建物から退去せよ。訴訟費用は被告らの負担とする。
事実
一、原告ら訴訟代理人は主文同旨の判決並びに仮執行宣言を求め、被告ら訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。
二、原告ら訴訟代理人は請求の原因として次のとおり述べた。
(一) 原告らは、別紙第三目録記載の土地(以下本件土地という)を共有している。
(二) 原告ら先代佐治捷一は従前より別紙第一目録(イ)の建物(以下第一(イ)の建物という)を所有し、被告奥村稔次に賃貸してきたところ、昭和三二年七月一七日原告ら先代が死亡し、原告佐治義臣が右同人の地位を承継した。
(三) 被告奥村稔次はその間に自己の経営する証券業を会社組織とし、被告会社を設立し、自ら同会社の代表取締役となり、被告らは第一(イ)の建物を共同で占有するに至つた。
(四) また被告奥村稔次は原告ら先代死亡前に第一(イ)の建物の敷地内に別紙第四目録記載の建物(以下第四建物という)を建築し、右建物を被告らは占有している。
(五) しかるところ昭和三九年八月頃名古屋都市計画事業による道路拡張工事により本件土地の東側道路に面した部分間口9.9メートル奥行4.95メートルの部分が道路敷となるに至つたので第一(イ)の建物の当該部分を切除することになり、右の建物は別紙第一目録(ロ)の建物(以下第一(ロ)の建物という)となつたのである。
(六) そしてその頃、原告佐治義臣と被告奥村稔次間に右の建物の切除工事は原告においてなし、切除後の建物の前部の修繕及び内部改装は借家人である被告奥村稔次においてなすこと、更に昭和三九年一〇月九日頃第一(ロ)の建物の構造変更(右建物を鉄骨造にする等)はしない旨の合意が成立した。
(七) しかるに被告らはその頃右第一(ロ)の建物の南側壁をのこしその余の部分を収去し、別紙第二目録記載の建物を新築し、本件土地を占有するに至つた。
(八) 原告佐治義臣は被告らに対し右の新築工事の差止を請求したが、被告らはこれに応じなかつたので同原告は被告奥村稔次に対し昭和三九年一〇月一九日書留内容証明郵便をもつて前記賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、この意思表示はその頃同被告に到達した。
したがつて被告奥村稔次の第四建物の敷地に対する占有権限も右の解除により消滅した。
(九) よつて原告らは被告らに対し、本件土地の所有権にもとづき第二建物の収去とその敷地の明渡を求め、また原告佐治義臣は被告奥村稔次に対し第一(ロ)の建物の賃貸人として、若くは本件土地の所有者として、その余の原告らは同被告に対し本件土地の所有者として第四建物の収去とその敷地の明渡を求め、更に原告らは被告会社に対し、第四建物から退去することを求める。
三、被告ら訴訟代理人は答弁として次のとおり述べた。
(一) 請求の原因(一)(二)の事実は認める。
(二) 同(三)の事実中被告奥村稔次が被告会社の代表取締役であることは認めるがその余の事実は争う。
(三) 同(四)の事実は認める。但し、第四建物は独立の建物ではない。
(四) 同(五)の事実は争う。
(五) 同(六)の事実中原告佐治義臣と被告奥村稔次の間に建物切除工事は同原告においてなし、残存建物の改装補修工事は被告らにおいてなすとの合意が成立したことは認めるがその余の事実は否認する。
(六) 同(七)の事実は否認する。
(七) 同(八)の事実中原告らが主張する内容の意思表示があつたことは認めるがその余の事実は否認する。
(八) 同(九)の事実は否認する。
四、被告ら訴訟代理人は抗弁として次のとおり述べた。
(一) 被告らは昭和三九年一〇月初頃第一(ロ)の建物について被告らの営業に適しかつ右建物の安全を保持する限度で右建物を補修改造することについて原告佐治義臣の承諾を受けたものである。
(二) 仮に同原告の右の承諾がなかつたとしても、被告らが右の改修補修工事をしていた間である昭和三九年一〇月九日頃右の事実を知つた原告らと被告ら間に被告らがなした改装補修工事の結果について被告らにおいて後日所有権その他の主張をしない旨の合意が成立したので右同日頃原告佐治義臣において被告らの右改装補修工事を許容、承諾したものである。
(三) 仮にそうでないとしても被告らの残存建物の改装補修工事は賃借人の義務違反とするに足りないものである。
すなわち、被告会社は証券業者であるから多数の従業員がおり、更に毎日多数の顧客が出入しているから、建物の保安には万全の義務があり、店舗の体裁も考慮しなければならなかつたものである。しかして本件(イ)の建物は相当古いものであるうえ、右建物の表通りに面する部分を切除したゝめ、その部分にあつた主柱もとりのぞかれたものであるから、残余の支柱で二階及び屋根を支えるには不十分であつた。したがつて支柱として軽量鉄骨六本を使用することは当然であり、外に多少の軽量鉄骨材を使用しても工事上やむを得なかつたものというべきである。
五、原告ら訴訟代理人は被告らの抗弁事実は全部否認すると述べた。
六、証拠関係<略>
理由
一本件土地が原告らの共有に属するものであること、被告奥村稔次は原告佐治義臣所有にかゝる第一(イ)の建物を同原告から賃貸し、同所で被告会社を経営していること、以上の事実は当事者間に争いがない。
そして成立につき争いのない甲第三号証及び弁論の全趣旨によると被告奥村稔次は第一(イ)の建物の敷地内に第四建物を建築所有していることが認められ、右建物を被告会社が占有していることは当事者間に争いがない。
二原告らは被告らが原告らに無断で第一(ロ)建物を収去しそのあとに第二建物を建築した旨を主張し、被告らはこれを争うのでまずこの点について審案する。
(一) <証拠>を総合すると次の事実が認められる。
1 本件土地は町名が変更になるまでは南大津通りと称し松坂屋デパートの正面付近に位置し、付近には商店が密集している名古屋市の繁華街である。
2 昭和三九年八月頃名古屋都市計画事業として南大津通りの拡張工事が実施されることになり、これにともない第一(イ)の建物の東側道路に面した部分間口9.9メートル、奥行4.95メートルの部分を切除しなければならなくなつた。
3 原告佐治義臣は第一(イ)建物と同じ並びに貸店舗を数軒有していたのであるが、右の道路拡張に伴う建物の切除に際し、借家人らから残存建物を鉄骨を使用して改築したい旨の申入を受けたが、同原告は右申入を断り、右の借家人らから旧家屋の構造変更をしないこと、もし営業上やむなく施工する場合には同原告と協議して行うこと、この場合においても借家人は所有権その他の権利を主張しないことを内容とする誓約書を徴求することとし、被告会社は同年一〇月九日同原告に対し右の内容の書面を差入れた。
4 被告奥村稔次が原告佐治義臣から賃借していた第一(イ)の建物の東側道路に面した部分が前記のように切除されることになつたので残存建物は第一(ロ)の建物になるはずであつた。しかるに被告らは昭和三九年一〇月初頃から右建物の南側壁のみをのこして右建物を収去し、軽量鉄骨六本を使用した第二建物を建築したのである。
5 原告佐治義臣は被告らの右の行為に対して差止を請求したが、被告らはこれを無視して工事を続行して第二建物を完成させ、現在同所で証券業を営んでいる。
以上の事実が認められ、<証拠判断略>。
(二) 右の事実関係によれば、本件土地には従前原告佐治義臣所有の第一(イ)の建物が建つていたのであるが昭和四六年三月三〇日の本件口頭弁論終結時においでは第二建物が建つていることになるわけである。
そこで右の両建物を比較してみると<証拠>によると第一(イ)の建物は木造瓦葺二階建の店舗であり、二階の部分に吹抜があつた建物であつたが、第二建物は二階部分には右の吹抜部分はなく、鉄骨造亜鉛メッキ鋼板瓦棒葺二階建店舗であること、前掲鑑定の結果及び乙第七、八号証によると第一(ロ)の建物の面積は第一(イ)の建物の前面を切除した場合一、二階とも39.66平方メートルになるべきところ、第二建物の面積は一、二階とも37.71平方メートルであることが認められるのである。
(三) そうすると第二建物は第一(ロ)の建物の南側壁を利用しているというもののその構造、面積、耐用年数の点において全く異る建物であるという他はない。
したがつて第二建物は第一(ロ)の建物に従として附合した物ということはできないから、原告佐治義臣は第二建物について所有権を取得するべきいわれはなく(民法二四二条参照)、第二建物はこれを建築した被告らの所有に属するものといわなければならない。
三そこで次に被告らの抗弁について審案する。
(一) まず被告らは第一(ロ)の建物を被告らにおいて補修改造するについて原告佐治義臣は承諾していた旨を主張する。しかし被告らが第一(ロ)の建物を第二建物のように改築するということについて同原告が承諾していたとの点に符合する<証拠>に照して措信しがたく他に右を認めるに足る証拠はない。
なおこの点について<証拠>によると、同人は第二建物の建築を担当した千春建設株式会社の社員であるが、同人は鉄骨の組立工事中に原告佐治義臣から三階建にしてもらつては困る旨の申入があつたので、三階部分を切り取つたものである旨を供述するが、同人の他の供述部分によると、同人は同原告に直接面談して同原告の意思を確認していないことが認められるので、前記事実のみによつて同原告が被告らにおいて本件土地上に鉄骨造の建物を建築することを承諾していたということはできない。
(二) 次に被告らは甲第五号証を根拠にして、原告佐治義臣は第一(ロ)の建物を補修改造するについて昭和三九年一〇月九日頃承諾したものである旨を主張する。
しかし甲第五号証は旧建物の構造変更は同原告において拒否する旨、もしこれをなす場合においては同原告と被告らが協議してなすべき旨が合意されているものであるところ、同原告と被告らが第一(ロ)の建物を鉄骨造に改築することについて協議がなされ、同原告の承諾を得たとの点については、これに符合する証人宮田豊の証言、被告奥村稔次本人尋問の結果は原告佐治義臣(第一、二回)本人尋問の結果に照して措信しがたく他に右の事実を認めるに足る証拠はない。
(三) 次に被告らは本件のような補修改築は当然許容さるべきものである旨を主張する。
しかして建物賃貸人において賃貸建物の補修を行わない場合には賃借人においてこれをなすことができるものである。そして本件においては第一(イ)の建物の道路敷になる部分の切除工事は原告佐治義臣においてなし、残存建物の改修は被告らにおいてなすべき旨の合意が右の者らの間で成立していたことは当事者間に争いがない事実である。
しかし第一(イ)の建物の東側部分の切除後は第一(ロ)の建物になるはずであつたのであるから、被告らとしては右建物の賃借人として第一(ロ)の建物の改造補修はできても、改造補修された建物がもとの建物とその構造、面積、耐用年数等の点において極端に異るものであつてはならないというべきである。
しかるに前記のように被告らは第一(ロ)の建物を収去し、そのあとに第二建物を建築したものであるから、第一(イ)の建物の賃貸人である原告佐治義臣に対する関係で右建物の賃借人としての義務違反となるものであることは明らかである。
四次に被告奥村稔次が建築所有している第四建物の敷地の占有権限は第一(ロ)の建物の借家権にもとづく敷地利用権であるということができる。
しかして原告佐治義臣が被告奥村稔次に対し昭和三九年一〇月一九日頃第一(ロ)の建物についての賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなしたことは当事者間に争いがない。
そして前記認定の同被告の行為は同原告に対する関係では賃貸借契約の信頼関係を破壊せしめるに十分であるから、同原告の右解除の意思表示はその効力を生じ右賃貸借契約は右同日頃終了したものといわなければならない。
五しかして被告らが本件土地上に第二建物を所有することにより、本件土地を占有していることになるが、右の占有権限について被告らは何らの主張立証をしない。また被告奥村稔次の第四建物の敷地の占有権限は前記四で判断したように消滅したものといわなければならない。
してみれば原告らの本訴請求はいずれも理由があるから正当として認容し、民事訴訟法八九条を適用し、なお仮執行宣言は相当ではないからこれを付さないこととして主文のとおり判決する。
(高橋爽一郎)